■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
今回は、今年3月にオープンするやいなや、たちまち甘いもの好きの心をつかんだ小さなカフェ「Kew(キュー)」へ。中心部から少し外れた商店街まで多くの人がわざわざ足を運ぶ理由は、ひと目見たら忘れられないスイーツにありました。
たぷん、とカスタードクリームを含ませ、スタンドの上にぎっしりと鎮座するドーナツたち。てっぺんにあふれ出たクリームがなおのこと愛らしく、食べる前から心が躍ります。
かぶりついたらクリームが飛び出るかも。口のまわりが砂糖で真っ白になるんだろうな、と想像するも、浮かぶのは「困った」ではなくおいしいイメージばかり。「子どものように口元をクリームと砂糖でいっぱいにしてほおばりたい!」と大人も夢見ずにはいられません。
この魅惑のドーナツをはじめ、ひと目で、ひと口で食べる人をとりこにするスイーツを作るのは、店主の大木健太さん。20歳でロンドンに渡り写真家として活動していましたが、モダン・ブリティッシュ料理の先駆けとなったレストラン「St. JOHN(セント・ジョン)」に魅せられ、ペストリー部門に採用されたことからお菓子作りの道を歩み始めました。Kewのスイーツはどれも、学んだレシピに健太さんが独自のアレンジを加え磨き上げた、この店だけの味です。
「セント・ジョンは、仕事が一流、働いている人々もみんな楽しそうで、フェアでユーモアの精神にあふれていました。名物のドーナツやチーズケーキは、素材そのものを生かし、余計なものを加えない。オーナーシェフのファーガスは、飾りつけや見た目に凝ったものを試作すると『too fancy(派手すぎる)』と首を振るんです。約3年間働きましたが、そこで学んだものは本当に大きかったです」
その精神を受け継ぎ、Kewのスイーツはすべてスタンダードでシンプル。飾り気のないルックスにもかかわらず、「おいしそう」なオーラをキリリと放っています。その秘密は、“焼きたて”、“切りたて”、“クリーム詰めたて”と言わんばかりの、お菓子たちの生き生きとした表情。
「どちらにしよう……」と訪れた人誰もが頭を悩ませるほど、ドーナツと並ぶ人気メニューがチーズケーキ。健太さんが何より大切にしたのは食感です。口に入れた瞬間にとろけてゆくなめらかさ、余韻の軽やかさは、ずっしり濃厚なベイクドチーズケーキの概念をくつがえすもの。この柔らかさゆえ、注文が入ってから切り分けないと自立しないのだそうです。
マドレーヌも注文が入ってから焼き上げます。型に生地を流し入れ、オーブンに入れると甘く香ばしい匂いが店中に。焼きたてのマドレーヌは、外はカリッと、中はもっちり。作り置きのイメージが強い焼き菓子なので、意外なおいしさに感動するお客様も多いとか。
「効率は良くないですよね。お客様をお待たせしてしまうし……。でも、注文が入ってから仕上げるレストランのように、一番おいしい瞬間を知ってほしくて」と健太さん。
その隣で、一緒に店に立つ真奈美さんはこう言います。
「店を開く前にギャラリーで出張イベントを開催していただいたとき、『こんなの食べたことない』と感激してくださるお客様の顔を見て、私も感動したんです。『これが彼のやりたいこと。こんなに喜んでくださるんだ』って」
7席だけの小さな店の前には、開店前から行列ができます。朝クリームを詰めたばかりのドーナツやホールのチーズケーキが、おいしそうな笑顔に出合うのを待ち受けています。敬愛するレストランのスタイルを自分流に磨きあげ、一つひとつ丁寧に届ける「Kew」のスイーツ。運ばれてきた瞬間、思わず顔がほころんでしまうのは必然かもしれません。(撮影:津久井珠美)