2014年に初めて書籍を出してから、「いつか重版したい」「いつか書店で平積みされたい」という目標を抱き、私はそれをひとつひとつ叶えていくことができました。
著作が30冊を超える頃、「50冊刊行」が私の目標となり、「この目標が達成したら、ハワイに行きたい!」などと、心密かに願っていました。
とはいえ、その当時はまだまだ手が届きそうになかった目標ですが、ついに今年50冊刊行を達成することができました。
それではハワイへ、と言いたいところですが、ご存じの通りこんなご時世です。
代わりに近場の気になっていた旅館へ行くことにしました。
そこは、ずっと憧れていた旅館で、ハードルが高いと思いつつ、ちょくちょくサイトを確認していたのですが、いつも予約で埋まっています。
「こんな高級なところなのに泊まる人がたくさんいるんだ」と驚いていました。
ですが、今回はコロナ禍ということで空きがあり、非常事態宣言が明けたことで『京都府民割引』というキャンペーンもやっていたのです。
「この時を逃す手はない、ハワイよりリーズナブル!」と自分に言い聞かせ、清水の舞台から飛び降りる気持ちで予約をし、夫と二人で行くことを決めました。
その旅館とは『星のや京都』です。
『星のや京都』へは、車で直接行くことはできません。
渡月橋のたもとの桟橋から船に乗り、宿へと向かうのです。
なんてドラマチックなんだろうと胸を躍らせながら、船に乗り込みました。
約十分間の乗船。普段は見ることができない川側からの茶屋や旅館、そしていつも見ている渡月橋を反対側から眺めるのも新鮮でした。
専用の船着き場に着くと、スタッフが出迎えてくれています。
階段を登った先の高台に、『星のや京都』がありました。
『星のや京都』はひとつの大きな建物ではなく、敷地内に日本家屋が建ち並んでいました。
元々ここは、豪商・角倉了以の別邸だったそうです。
『星のや京都』のキャッチコピーは、「嵐峡の地に建つ、水辺の私邸」だとか。
まさに、俗世を離れた別邸という趣です。
今回予約した部屋は窓が大きく、パノラマの景色が楽しめる和室で、古風ながらも洗練された雰囲気がありました。
部屋にはテレビがありませんでした。今思えば、時計もなかったかも?
俗世から離れて特別な時を過ごすために、あえて置いていないそうです。
敷地内には自由に使える共有スペースがあります。
小路を通り抜けると、カフェスペースがあり、コーヒーや紅茶、お茶各種自由に飲むことができます。
外には『空中茶室』というテラスもありました。
いそいそとコーヒーを淹れて、テラスに出ると目の前には小倉山と、眼下には保津川が流れています。
風が木々の葉を揺らす音、鳥の鳴き声、時おり小倉山を走るトロッコ列車が走る音しか聞こえません。
とても静かです。
いかに普段は喧騒に囲まれて生きているのか、そして自然に包まれた中、ゆったりとした時間を過ごすことがどけだけ贅沢なことか……。
そんなことをしみじみと実感しながら、コーヒーを飲んでいました。
楽しみにしていた夕食は、地元の食材をふんだんに使い、和食と洋食を組み合わせたコース料理。いつもは三十分で食事を終えてしまう私たちですが、一皿一皿出てくる料理を堪能し、食事を終える頃、時計を見るとは二時間も経っていました。
外に出ると、すっかり夜も更けていて、庭や小路に小さな明かりが灯されています。
とても幻想的です。
部屋に向かって歩きながらついつい、ミステリーな展開を想像してしまいます。
ここは船で来ることしかできない高級旅館です。ミステリー小説ならば、なんらかのトラブルがあって船が消えてしまい、宿泊客たちはここに隔離された状態になる。そうして事件が起こるんだろうな――などと妄想してしまうのは、物書きの性でしょう。とはいえ、私が書いているのは、人が死なないミステリーなのですが……。
事件が起こることはなく平和に朝を迎え、朝食のメニューにも感動しました。
野菜がたっぷり入った京都鍋で、これまで色々な宿に行きましたが、朝から鍋料理が出てきたのは初めてです。
「いやはや、なんとも贅沢な時間を過ごしたね」
美味しい鍋を食べながらそんな話をして、私たちは『星のや京都』を後にしました。
50冊の記念にずっと気になっていた憧れの旅館に来て、とても贅沢な時間を堪能できたので、また初心に返ってがんばっていこうと思いました。
次来られるのは、100冊刊行した時でしょうか?
いやはや、途方もなく先のことですね。
著作50冊目は、12月7日発売『満月珈琲店の星詠み~ライオンズゲートの奇跡~』です。
どうぞよろしくお願いいたします。
▽望月麻衣さんの前回の記事