折り箱の中に広がる一面の白い庭に、ぽつぽつと並ぶ黒豆、小豆、うぐいす豆。うっすらと雪化粧をしたように見えるのは、仕上げに振りかけられた粉砂糖です。こちらの「絹ごし緑茶てぃらみす」は、左京区の名刹(めいさつ)・詩仙堂丈山寺や圓光寺(えんこうじ)に向かう路地に店を構える「一乗寺中谷」のスペシャリテ。オンラインショップでの予約販売は9カ月待ちという、大人気スイーツです。
そう聞くと洋菓子店のように思えますが、「一乗寺中谷」は3代にわたり郷土菓子「でっち羊かん」を作り続けてきた1935(昭和10)年創業の和菓子店。3代目若旦那・中林英昭さんは、料亭で板前として経験を積んだのち、家業を継ぐため和菓子の世界へ。パティシエールの恵子さんとの結婚を機に、和菓子の要素を取り入れた和洋折衷菓子を作るようになりました。
今でこそ大人気の「絹ごし緑茶てぃらみす」ですが、この味わいと形に行き着くまでは、試行錯誤の連続。実家が豆腐料理店という恵子さん得意の豆乳スイーツと、英昭さんが受け継いできた和菓子の技をどう生かすか。素材は何を使うか。どのようなビジュアルにするか。箱庭のような形は、和菓子屋ならではのやりとりから生まれました。
「上生菓子用の容器として業者さんが持ってきてくれて、『これに中敷き入れられますか?』と(リクエストして)あつらえて、やっとこの形に決まったのが(絹ごし緑茶てぃらみすを)作り始めて1年半ぐらい。迷走しっぱなしだったのが、やっとこれでゴールした感じでした」(恵子さん)
「京都のお庭の、枯山水をイメージして作っているんです。粉砂糖は雪化粧をしたような(イメージで)」と話す、英昭さん。白いクリームが白砂、点々と置かれた豆が景石(けいせき)となり、シンプルながらも京都らしさを表現したビジュアルとなりました。中敷きを持ち上げて切り分ければ、層になった抹茶のムースやスポンジが顔を出します。まるで雪の下でしっとりと息づくコケのように。
和菓子と洋菓子、それぞれのアイデアと技術を理解し合いながら、英昭さんと恵子さんは常に新しいお菓子を考えています。英昭さんの好物のざる豆腐にヒントを得た、わらび餅と生クリームを合わせた「ざるわらび」、名物の「でっち羊かん」の栗蒸し入りをモンブランと重ねた「栗蒸しモンブラン」など、一口食べては驚き、どこに何が使われているのか想像がふくらむものばかり。
一乗寺の銘菓「でっち羊かん」は、昔一乗寺村の若人衆が滋賀の日吉大社(大津市)に出向いた際、弁当代わりに携えたのが始まりと伝えられています。詩仙堂の参道や比叡山に向かう道中に位置する「中谷」の「でっち羊かん」は、参拝者や旅人の格好の腹の「虫養い」だったのでしょう。伝統の製法を守り続ける「でっち羊かん」に斬新なわらび餅やモンブランが加わっても、訪れた人に甘いもので一服していただく、その精神は変わりません。
「文化の始まりってこういうことなのかなって、お二人のお話を聞いて思いました。ここからそういうミックスが生まれて後世になったらそれが当たり前になっていくのかなって。(そう思うと)ワクワクしますね」と常盤貴子さんは語ります。
この地で長く愛され続ける「でっち羊かん」のように。一箱の中で、和菓子と洋菓子が手を取り調和した「絹ごし緑茶てぃらみす」はすでに、一乗寺の定番です。この新しいスイーツが“郷土菓子”として語られる日も、そう遠くないのかもしれません。
■ 京都画報 第3回「京の和菓子」
BS11オンデマンドで12月26日正午まで無料で視聴可能。
番組公式ホームページはこちら。
【次回放送情報】
■京都画報 第4回「うつわの彩り」
2022年1月12日(水)夜8時~
京都は清水焼に代表される焼き物“京焼”が発展した土地。茶の湯や懐石料理など、うつわと親しむ文化が育った土地柄、京都人は目利きぞろい。普段使いできる新作から、目がくらむようなアンティークの逸品まで様々な楽しみ方ができる うつわ。京都で花開いた豊かなうつわ文化の世界へご案内します。