ここからしか見えない京都
  
約200年の歴史を持つ「柊家(ひいらぎや)」。数多くの文化人に愛された旧館と2006年に完成した新館からなる
© KBS京都/TOKYO MX/BS11

文豪も銀幕スターも愛した柊家 京の自然・文化を映す宿

文人墨客の残したエピソードや軌跡にふれられる

旅の宿に求めるものは何でしょう?  心地よい空間、美しい眺望、季節や土地の味覚、迎えてくれる人々のホスピタリティー……。さまざまな要素がありますが、「京都にしかない」魅力があるのが、古都ならではの歴史と風格を備えた老舗(しにせ)旅館です。

老舗の京宿「柊家」には、いたるところに柊の葉のしつらえが© KBS京都/TOKYO MX/BS11

その一つ「柊家(ひいらぎや)」は、1818(文政元)年に創業し、現在で6代目を数える名宿。幕末の志士から政界の要人、文化人に愛されただけでなく、アラン・ドロン、チャップリンなどの世界的俳優もここで羽を休めました。およそ200年前に建てられて以降、改修築をくり返しながら保存されてきた建物には、文人墨客(ぼっかく)が残した扁額(へんがく)や宿泊時の記念写真が各所に。中でも、小説家・川端康成は京都の定宿としてたびたび「柊家」に宿泊し、寄稿文をつづるなど親交の深さがうかがえます。

「柊家」を訪ねる常盤貴子さん(右)と、出迎える6代目女将(おかみ)・西村明美さん© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「柊家」で60年仲居を務め、歴代の女将(おかみ)も旅館業のイロハを学んだという名物仲居・田口八重さんと川端康成との縁について、6代目女将・西村明美さんはこう話します。

「先生が、八重のことを本として書かせてくれないかとおっしゃったことがあったんです。八重は色々と苦労してきたものですから、(本に書いていただくとなると)自分の言いたくないことを言わないといけないのは困るということでお断りしたんですけれど、先生が後ほどノーベル文学賞を受けられたので、『あの時にお引き受けしてたらと多少後悔している』なんてぽつぽつと(笑)」

旅行好きだった川端康成が夫婦で泊まったという客室。執筆する際は隣の客室を利用していた© KBS京都/TOKYO MX/BS11

八重さんは、1969(昭和44)年に接客業として初の黄綬褒章を受章。古き良き日本家屋の情緒と文化の薫り漂う空間はもちろん、訪れた人にくつろいでいただくために心を尽くしてもてなした「人」もまた、「柊家」の財産なのでしょう。

先人の残した文化と自然を、次世代に伝えて

ほの暗い廊下を歩きながら「“トンネルを抜けると雪国であった”というわけです」と笑う西村さん© KBS京都/TOKYO MX/BS11

文化人ゆかりの部屋や書が残る本館から、漆塗りの廊下を進むと、明るく開放的な空気の流れる新館があります。2006年に完成した新館は、現代のライフスタイルや街の姿に寄り添う空間設計に。それでいて、各部屋に京都の美意識と柊家の伝統を受け継ぐ意匠が凝らされています。

旧館の屋根の斜線とリンクするようにあつらえた新館の窓からの眺め© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「変わりゆく京都の中で、やはり次の世代に評価していただく空間づくりというのを新館のコンセプトにしています」(西村さん)

旧館より1階層高い3階の部屋からは、これまでの「柊家」からは見えることのなかった古都の街並みや旧館のたたずまいを眺めることができます。東山の稜線(りょうせん)の縮図をモチーフにした欄間(らんま)、和紙と曲線を用いた柔らかく開放感のある内装、ベッドのある部屋など、今の感性にフィットしつつも、根底に流れるのは自然への敬意と感謝、そして日本の文化を尊ぶ心です。

和の情緒を備えつつ、シンプルでモダンな内装に。和紙の壁の向こうにくりぬかれた柊のモチーフから日の光がさす© KBS京都/TOKYO MX/BS11

朝日が昇ると、和紙の背面に施された柊の型抜きから光がさします。食前酒の杯には柊の蒔絵(まきえ)。2月は節分があり、魔よけを願って「柊鰯(ひいらぎいわし)」を飾る風習・伝承にちなんで、特に縁起が良いと感じていただければという思いが込められています。

食前酒は、佐々木酒造の「古都」。川端康成の小説のタイトルでもある© KBS京都/TOKYO MX/BS11
雪の中から春が芽生えるような盛り付けの八寸© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「千年の都の京都は、日本の文化が凝縮した都ですので。桓武天皇がこの地を都と定められたのは、山と川、美しい自然に囲まれて、人々が自然とともに豊かに暮らしを営んできたからだと思うんです。今私が憂えているのは、自然がだんだんと少なくなり、先人の思いをつなぐ空間、建物もなくなっていくこと。先人の思いあってこその魅力を次の世代に伝えたいと思うんです」(西村さん)

旧館・新館ともに、花いけは西村さんの長女・城島舞さんが手がける。「花をいけるときに、競い合うような花ではなくて補いあうような」と祖母や母から教わったという© KBS京都/TOKYO MX/BS11

「柊家」の理念は「来者如帰(らいしゃにょき)」。「来るもの帰るがごとし」という意味のこの言葉には、「来客に自分の家に帰ってきたようにくつろいでいただく」というおもてなしの心が込められています。旅先で待つもう一つの自分の“家”。それは日本の四季と風情、そしておもてなしの文化に、いま一度回帰できるということでもあるのかもしれません。

【次回放送情報】
京都画報 第5回「至高の京宿 気品と美の系譜
BS11にて2月9日(水)よる8時~放送
幕末の志士をはじめ、皇族や小説家、世界的映画俳優のチャップリンなど数多くの著名人が宿泊されてきた「柊家」。昭和天皇の義理の弟君、東伏見宮家の別邸として建てられ、これまで数々の皇族が滞在してきた「吉田山荘」。老舗旅館の中でも最高峰の京宿の品格は、どのように守られ受け継がれてきたのでしょうか。京都の文化と共に時を重ねて佇む宿の歴史と人々を惹きつけてきた魅力に迫ります。
*放送終了後、BS11オンデマンドにて期間限定見逃し配信予定

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelに掲載
(掲載日:2022年2月4日)

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