イチョウといえば、黄金色に染まった扇形の葉。
晩秋のイチョウを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、私は雄花の芽吹く春のイチョウ、若い雌花がギンナンへ育つ夏のイチョウ、どの季節のイチョウもそれぞれに魅力的で大好きです。そして、子孫を残すため、膨らんだギンナンの中で独特の営みを行っているという9月のイチョウも。
イチョウは、イチョウ科イチョウ属に分類される一科、一属、一種という独立した植物であることは有名です。さかのぼることおよそ1億5千万年前の中世代、ジュラ紀では、イチョウは他の植物群と比較しても大変栄えていたことが、化石から明らかになっているそうで、恐竜もイチョウをむしゃむしゃと食べていたのだろうと想像されます。
またイチョウは種子植物でありながら、なんと「精子」をもつ非常に稀な植物であることはご存知でしょうか。
1896年(明治29年) 9月9日、岐阜県中学校の図画教師の出身だった平瀬作五郎により、イチョウの精子は発見されました。イチョウがギンナンの中で精子を作るのは、9月初旬の頃、それもわずか一日程度なのだそうです。当時助手として勤務していた東京大学の植物園にあるイチョウの木に毎日登り続けてイチョウを採取し、ついにイチョウの受精の瞬間を観察した平瀬作五郎の功績は、日本が文化や科学で西洋を追いかけていた時代、ヨーロッパの著名な学者たちにも衝撃を与えた大発見でした。
さて、お話は急に変わりますが、数年前に私が仲間とスペイン旅行をした際、オリーブ農家の方に樹齢数千年にもなるというオリーブの木を見せていただいた忘れられない思い出があります。
うまく表現できないのですが、この時、私は“この異国のオリーブの大木は、私が大好きなあのイチョウの大木のことを知っている、日本のイチョウたちと繋がっている”と直感し、感激に胸を打たれました。クスノキなど古く大きな木は他にもたくさんありますが、私がこの時思い出していたのは、なぜかイチョウだったのです。
ほんのひとときでしたが、肉体や時間、空間の壁を超えて何か大きなもの同士のつながりを感じた体験でした。
京都には東寺や藤森神社、京都府立植物園、堀川通の並木道など多くのイチョウの名所がありますが、個人的に思い入れがあるイチョウの木は上御霊神社にあります。
随分以前のこと、ささいな出来事がきっかけで落ち込んでいたときに、この木の清々しく美しい立ち姿に出会い、弱気や心細さも吹き飛んで、大きく励まされたことがあったからです。
また、京都御苑にあるイチョウたちも大好きです。
春も夏も秋も冬も何度でも会いたい。師のような、友のような。私にとって、創作の新しいインスピレーションを与えてくれたり、逆に古く遠い記憶へと誘ってくれるような存在。
皆さまにも、そんな心で繋がる大切な木はありますか。