ここからしか見えない京都
  

宴席から仕出し、おばんざいまで 「ハレ」と「ケ」をめぐる京の食文化<前編>

「ハレ」と「ケ」の違いを肌で感じるようになったのは、京都に暮らしはじめてからです。暮らし周りの雑誌やSNSで頻繁に目にするようになった「ハレ(祝い事や祭り、行事)」と「ケ(日常)」の対比。京都で生活していると、うつろう季節とともに自然と祭りや風習に出くわし、平坦(へいたん)な毎日に彩りが加わる。街の営みそのものが、ハレとケのリズムを持っています。
(BS11『京都画報 初夏・京料理を支える匠の技』より)

5月15日に行われる「葵祭」の行列巡行。京都に暮らしていると、ふとしたところで祭りや神事、風習に出くわす

「味とともに文化を」川魚料理をみやびにアレンジ

季節の花いけや庭園を眺めながらいただく京料理は、まさしく「ハレ」の食事。享保年間創業の料亭「竹茂楼(たけしげろう)」では、京都の食文化を物語る川魚料理を、京焼のうつわに盛り付け供するといいます。京都は海から遠く、そのため琵琶湖や鴨川で獲れた川魚料理がさかん。端午の節句の祝い膳なら、食材はもちろん、鯉(コイ)となるわけです。

「竹茂楼」の「鯉の飴(あめ)炊き」。素朴さが感じられる料理に、京焼のうつわが優美さを添える

うなぎ、すっぽん、鯉など、そのままではどこかやぼったい川魚だからこそ、雅(みやび)なうつわで洗練を添える。「竹茂楼」が御用達にしているのは、京焼の名匠・叶松谷氏のうつわ。流麗な造形、薄く繊細な質感、上品な絵付けの意匠が、素朴な川魚料理を盛り付けるとパッと華やぎます。「料理はおいしいだけでなく、文化性を感じてもらうのが僕らの務め」と、「竹茂楼」総支配人の佐竹洋治さん。食文化と工芸の美が一体となる瞬間は、思わず感嘆のため息がこぼれるほどです。

叶松谷氏が手がけた蓋物(ふたもの)。繊細で雅なだけでなく、盛り付けやすさ、運びやすさ、洗いやすさまで考慮されている

日常に溶け込む、親しみやすい食材とメニュー

「京都市京セラ美術館」の半地下の空間で、ガラスリボンと名付けられたガラス壁から外の広場を眺めることができる「ENFUSE」

一方、「京都市京セラ美術館」のカフェ「ENFUSE」の「京の素材のおかずプレート」は、「ケ」の食卓の延長線上にあります。京卵、南禅寺豆腐の厚揚げ、西京焼やしば漬けといった京都の食材や名物を使いつつも、親しみやすい献立はどこか「おばんざい」的な安心感。店長の竹永藍さんの話す「洋食が好きな方も、和食が好きな方も、どなたでも楽しんでいただける味付け」という言葉からも、日常の食卓の風景が思い浮かびます。

15種類のおばんざいがワンプレートに彩りよく並ぶ「京の素材のおかずプレート」
吹き抜けやテラスの心地よい新館、開業時の店舗を復元した旧館・メモリアル館から成る「イノダコーヒ本店」

「イノダコーヒ」も、京都の日常を象徴するような喫茶店です。吹き抜けが心地よい本店の客席では、名物の朝食やミルク入りコーヒーを楽しみに訪れる旅行客と、新聞や手帳を片手にいつものコーヒーを味わう地元客が入り交じり、同じ時を過ごしています。

BGMはなく、ざわざわとした話し声や、カップやカトラリーのカチンと触れあう音が穏やかな空間を生む

旅の人にとっては「憧れのイノダ」であり、常連客にとっては「いつものイノダ」。それぞれが好きなように過ごしながらも、ここにはいつも「イノダ」らしいムードやマナーを共有するような空気が漂っています。その不思議な一体感をとても好ましく思うのです。

「ハレ」と「ケ」はこうして、京都の街じゅうに隣り合い、交差し、寄り添っているのです。

この記事を書いた人
大橋知沙 おおはし・ちさ 編集者・ライター
 
東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。 京都のガイドブックやWEB、ライフスタイル誌などを中心に取材・執筆を手がける。 本WEBの連載「京都ゆるり休日さんぽ」をまとめた著書に『京都のいいとこ。』(朝日新聞出版)。編集・執筆に参加した本に『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。  

後編に続く

朝日新聞デジタルマガジン&Travel
「京都ゆるり休日さんぽ」に掲載
(掲載日:2021年6月14日)

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