京都で最も有名な神社をひとつ挙げるとすれば、全国約3万社あるといわれる稲荷神社の総本山、『おいなりさん』の愛称で知られる伏見稲荷大社でしょうか。千本鳥居とよばれ、商売繁盛などの願いを込めて企業や個人より奉納された赤い鳥居がどこまでも続く幻想的な風景は、実際に足を運んだことがない方であっても、写真等で一度は目にしたことがあるのではないかと思います。
初詣の参拝者数が京都では最も多く(※2025年)、新年には大混雑となる伏見稲荷大社ですが、地元では、2月最初の「初午」の日にお詣りする方も多いと伺い、私もこの日に初めてお詣りをさせていただきました。
初午のお祭りは、五穀の神様である稲荷神が711年、2月最初の午の日に京都伏見の稲荷山に降臨したことに由来します。
伏見稲荷大社の境内では、あちらこちらに御神紋である稲の紋様を見ることができます。稲の「イネ」の語源には、生きる根、息吹の根、いのちの根という意味がこめられていて、稲荷神の「イナリ」は、「イネナリ」で、その稲がなり、育つ様子を現しているとされています。
また、稲荷大神はご神名を宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と称しますが、「ウカ」とは「貴い食物」を意味します。
こうして、稲作や農業の神様として崇敬されてきたおいなりさん、初午の日には、楼門から入ってすぐの堂々とした外拝殿に、大祭りの献品として色彩豊かにお野菜やお酒などが並んだ圧巻の風景を作っていて、ほれぼれと見入ってしまいました。それを本殿前から誇らしげに見守るのは、2匹のキツネさんです。1匹は金色の稲をくわえています。
私は子供のころ、このキツネさんのことを「おいなりさん」と呼んでいるのかと思っていたのですが、稲荷神とはあくまで宇迦之御魂神のこと。キツネが農作物を荒らすネズミを捕えること、稲作の始まる初午の頃から人里に現れ、収穫の終わるころに山へと帰ることなどから、やがて稲荷神のお使いとされるようになったようです。
千本鳥居の印象が強く、個人的には、商売繁盛を祈願する場所というイメージがあった伏見稲荷大社ですが、実際に足を運んでみると、稲荷山を中心として、稲作や農業、五穀豊穣の神様をお祀りされていて、もともとは、食や稲作など根源的な豊かさから人の営みやいのちが育まれることに感謝する場所なのだということが、特に初午の日に伺ったことでよくわかり、学びと収穫がありました。
さて、お詣りのあとでいただいたのは、参拝や観光の人々で賑わう門前町にて「おいなりさん」。関西では、稲荷寿司のことをおいなりさんと呼びます。門前町では、おいなりさんを販売するお店がいくつもあり、酢飯の加減や具材等にそれぞれのお店の特色があります。食べ歩きのためにひとつから購入できるお店もあるので、食べ比べもおすすめです。
写真は、創業1540年の老舗「祢ざめ家」さんのもの。ご許可をいただき、女将さんが自ら店頭でおいなりさんをつくる手元を撮らせていただきました。お米が詰められた黄金色のお揚げから、秋の稲穂の風景を思い浮かべます。また、お詣りの後だからでしょうか、お米の一粒一粒に豊かさと尊さを感じてしみじみと味わうお食事となりました。
『おいなりさん』へのお詣りと、お詣りの後のおいなりさん。どちらも初めての体験でしたが、初午の恒例行事となりそうです。