一歩足を踏み入れれば、外の暑さも忘れてしまうようなブルーに包まれる空間。今回訪ねたのは、1948(昭和23)年創業の「喫茶ソワレ」です。京都の繁華街の片すみで、創業時のコンセプトを守りながら営まれる喫茶店には、昔も今も変わらない、淡く透きとおる色彩の魔法がかけられています。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
ガイドブックやSNSで話題を集める、カラフルなゼリーポンチやブルーに染まる空間からは想像できないほど、つつましく、ひっそりと木屋町通の片すみにたたずむ「喫茶ソワレ」。扉を開くと現れる、幻想的な光に包まれた店内は、繁華街のにぎわいに紛れた別世界への入り口のようです。
小さな館のような空間は、壁やついたて、柱のすみずみまで、ぶどうや幾何学模様のレリーフが刻まれています。壁には「喫茶ソワレ」の常連客だった画家・東郷青児氏の絵画をはじめ、歴代オーナーのコレクションの美術品があちこちに。ブルーの光がそれらを静かに照らし出すと、街の喧騒(けんそう)も、今日の天気も、今が何時かということさえも遠い国のできごとのよう。訪れた人はたちまち「ソワレ」の世界に引き込まれていきます。
初代の孫娘にあたる現オーナーはこう語ります。
「『青い光は女性を美しく見せる』という祖父の友人の染織家・上村六郎氏の提案で、空間全体を青いライトで照らすようになったそうです。それ以来、この雰囲気を大切に守ってきました。2代目である父が倒れてから、スタッフの退職も重なり『店をたたもうか』とも悩みましたが……。その決断は、やってみてできなかったらにしようって。病床の父に店を継ぐことを伝えると、とても喜んでくれたのが、心に残っています」
サイダーに5色のゼリーがキラキラと浮かぶ「ゼリーポンチ」は、母が牛乳嫌いの娘が食べやすいようにと考案した「ゼリーミルク」をもとに、姉妹メニューとして誕生したのがはじまり。セロハンのようなゼリーのカケラがグラスに泳ぐ光景は、青い光に包まれた空間と相まってどこか妖しく、はかない美しさがにじみます。
「当時のお客様は年配の紳士が中心。女性はご一緒に来られる程度でした。そこで、若い女性に気に入ってもらえるメニューを、と考えられたようです。今では、日本全国からゼリーを求めて訪れてくださるようになりました」 SNSのインスタグラムなどなかった時代から、見るだけで心浮き立つ「ゼリーポンチ」は「ソワレ」の看板メニュー。1978(昭和53)年の発売から40年以上、愛され続けています。透きとおった色とりどりの色彩は、時代が移り変わっても変わることなく、グラスを持つ人の胸をときめかせます。
「ゼリーポンチは、若くして亡くなった母が生きた証しのようなものです。それをたくさんの人に知っていただけることが、私にとって、店を続ける原動力になっていると思います。年配の方が訪れて『何年ぶりやろう? まだ残ってたわ、うれしい』なんておっしゃる瞬間に出合うと、続けてきてよかったなと思います」
フランス語で夜会を意味する「ソワレ」。幻想的で、色鮮やかで、心まどわすような空間は、夏の夜に見る夢のようなうたかたの時をもたらします。扉を開けて、写真以上に鮮やかに記憶に残る喫茶時間をお過ごしください。