織物で知られる西陣の街の一角に、築約100年の元・紡糸工房を改装した、八百屋があります。「ベジサラ舎」は、飲食店や料理家らも信頼を寄せる自然派野菜の店。マルシェにも積極的に出店し、京都の人々に新鮮でおいしい野菜を手渡してきたこの店が、新たに食堂をオープンしたと聞いて駆けつけました。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
手作りの「八百屋」の旗が揺れるのれんの向こうには、ピンと張った葉先がみずみずしい葉野菜や泥つきのじゃがいも、季節の果物などが並びます。奥の食堂でランチを終えた人々が口々に尋ねるのは、献立に使われていた野菜や調理の仕方。「あれおいしかったわ」「焼くだけでいいの?」と、気に入った野菜を買い求め、店を出る人ばかりです。
「すごく頼れるスタッフで、食べなれない野菜でも一番シンプルな食べ方を見つけて、実際に自分で作ってみてからお客さんに勧めてくれるんですよ」
朗らかに話してくれたのは、店主の中本千絵さん。双子の育児に追われながら料理教室を営んでいた中本さんが、「子どもにおいしい野菜を食べさせたい」という思いで「ベジサラ舎」をスタートしたのは、3年ほど前のこと 。無農薬や有機肥料で育てられるなど 、生産者の顔が見える新鮮な野菜は、プロはもちろん食の安心・安全に意識の高い人々の間にも口コミで広がっていきました。
生産者と対話しながら八百屋を営んできた中本さんが聞いたのは「B級品の野菜の行き場がない」という声。また、生鮮食品を扱う以上避けられない、売れ残りや少し鮮度の落ちた野菜も、中本さんの悩みのタネでした。品質には問題ないが規格外だったり、調理次第でまだまだおいしくいただけたりする野菜を生かすことができたら……。そんな思いからオープンした食堂は、作る人、売る人、そして食べる人がつながり支え合うことができる、待望の場所でした。
季節の野菜を主役に一汁三菜で組み立てられた「すこやかセット」が、ベジサラ舎の看板メニュー。鮮やかな赤紫色の大根「紅くるり」やポタージュにした「バターナッツかぼちゃ」など、目にするだけで元気が出るようなカラフルな野菜が印象的です。てらいのないシンプルな味付けは、野菜の持ち味を存分に生かしつつ、家庭でも手軽にまねできるようにという思いから。季節の歩みに歩幅を合わせ「今」畑から採れる野菜を使うため、合わせる野菜は都度変わります。
「ご近所のお年寄りが週に一度、ここでランチを食べる約束をしてくれてたり、親子で来てくれてお子さんが『こんなん食べられるようになったよ』という報告を聞いたり……。そういう憩いの場になれることがうれしいんです」
中本さんはそう話します。「食」はすべての人にとって、生きる営み。だからこそ「おいしい」は老若男女関係なく、共通の喜びになります。
「無農薬とか安心・安全とか、うんちくを語る前にまず食べて『おいしい』ってことが、楽しいし、幸せなこと。シンプルにそれを入り口にして、野菜のことや作り手のことを知るきっかけになってもらえたら」
「おいしい」から、また食べたい。「おいしい」から、家族らに食べさせてあげたい。「おいしい」から、その野菜を作る人・売る人を応援したい。ベジサラ舎を取り巻くのは、そんな小さくも温かな循環です。西陣の街角からはじまる、新しいコミュニティーと食のかたちを、まずはおいしい一膳から体験してみてください。