「ハレ」と「ケ」の違いを肌で感じるようになったのは、京都に暮らしはじめてからです。暮らし周りの雑誌やSNSで頻繁に目にするようになった「ハレ(祝い事や祭り、行事)」と「ケ(日常)」の対比。京都で生活していると、うつろう季節とともに自然と祭りや風習に出くわし、平坦(へいたん)な毎日に彩りが加わる。街の営みそのものが、ハレとケのリズムを持っています。
(BS11『京都画報 初夏・京料理を支える匠の技』より)
季節の花いけや庭園を眺めながらいただく京料理は、まさしく「ハレ」の食事。享保年間創業の料亭「竹茂楼(たけしげろう)」では、京都の食文化を物語る川魚料理を、京焼のうつわに盛り付け供するといいます。京都は海から遠く、そのため琵琶湖や鴨川で獲れた川魚料理がさかん。端午の節句の祝い膳なら、食材はもちろん、鯉(コイ)となるわけです。
うなぎ、すっぽん、鯉など、そのままではどこかやぼったい川魚だからこそ、雅(みやび)なうつわで洗練を添える。「竹茂楼」が御用達にしているのは、京焼の名匠・叶松谷氏のうつわ。流麗な造形、薄く繊細な質感、上品な絵付けの意匠が、素朴な川魚料理を盛り付けるとパッと華やぎます。「料理はおいしいだけでなく、文化性を感じてもらうのが僕らの務め」と、「竹茂楼」総支配人の佐竹洋治さん。食文化と工芸の美が一体となる瞬間は、思わず感嘆のため息がこぼれるほどです。
一方、「京都市京セラ美術館」のカフェ「ENFUSE」の「京の素材のおかずプレート」は、「ケ」の食卓の延長線上にあります。京卵、南禅寺豆腐の厚揚げ、西京焼やしば漬けといった京都の食材や名物を使いつつも、親しみやすい献立はどこか「おばんざい」的な安心感。店長の竹永藍さんの話す「洋食が好きな方も、和食が好きな方も、どなたでも楽しんでいただける味付け」という言葉からも、日常の食卓の風景が思い浮かびます。
「イノダコーヒ」も、京都の日常を象徴するような喫茶店です。吹き抜けが心地よい本店の客席では、名物の朝食やミルク入りコーヒーを楽しみに訪れる旅行客と、新聞や手帳を片手にいつものコーヒーを味わう地元客が入り交じり、同じ時を過ごしています。
旅の人にとっては「憧れのイノダ」であり、常連客にとっては「いつものイノダ」。それぞれが好きなように過ごしながらも、ここにはいつも「イノダ」らしいムードやマナーを共有するような空気が漂っています。その不思議な一体感をとても好ましく思うのです。
「ハレ」と「ケ」はこうして、京都の街じゅうに隣り合い、交差し、寄り添っているのです。
(後編に続く)