早起きして友人と待ち合わせて、レストランで朝食を食べる。農場からそのままテーブルにやってきたような、新鮮でオーガニックな野菜を味わう。ニューヨークやアメリカ西海岸で注目されるそんな食のスタイルを、京都・西陣から発信しているのが、レストラン「OASI(オアジ)」です。外出自粛期間中の休業やテイクアウト営業を経て再開した店には今、待ちわびていた地元客の、食の喜びを分かち合う姿がありました。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
織物の街として知られる、京都・西陣。機織りの工房や古きよき京町家が数多く残るこの街で、かつて「西陣ほんやら洞」という喫茶店があった場所に「OASI」はあります。店主の吉田香織さんも、文化人が集う出町柳の名喫茶「ほんやら洞」の姉妹店だった「西陣ほんやら洞」に通っていた一人。「朝、気持ちのいい光が窓から入ってくることを知っていたんです。この場所で店をやるなら、朝食を出したいなと思って」と話します。
千本通で10年以上カフェを営んでいた吉田さんは、2015年、新しい料理と店のあり方を模索したいと、カリフォルニア州バークリーにあるオーガニックレストランの先駆け「シェ・パニース」のインターンシップに参加。生産者と料理人、そして食べる人が有機的に結びついた食のかたちに感銘を受け、いったんカフェをクローズし、単身渡米することを決意します。ニューヨークのミシュラン一つ星日本料理店で働きはじめた吉田さんが街で見たのは、朝、おしゃれをして友人と待ち合わせ、レストランでゆっくりと朝食を食べる人々の姿。朝食をまるで一つのイベントのように楽しむ様子が心に残り、帰国後にオープンした「OASI」でも朝食を出すことにしました。
ニューヨークスタイルの朝食は、自家製ハムトースト、グリルドチーズサンド、ヨーグルトパンケーキなど、チーズやバターをたっぷり使って焼き上げるもの。「ちょっとジャンクな味がいいと思って」と吉田さんは笑いますが、自家製のフォカッチャやパンケーキの生地にオーガニックの小麦を用いたり、生産者から直接仕入れる新鮮な野菜を添えたりと、妥協のない素材選びが光ります。
吉田さんの素材への真摯(しんし)なまなざしは、すべての料理に一貫しています。パスタを軸とするランチは、10種類近くのデリを盛り合わせた前菜が名物。葉先までみずみずしいサラダや自家製ハム、ハーブを利かせたマリネなど、彩り豊かで一口ごとに、季節の恵みと野菜の力強さがあふれます。旬の食材を主役にした日替わりのパスタは、素材の風味がふわっと香り立つシンプルな一皿。お好みでメインディッシュやデザートを組み合わせれば、季節の物語を味わうような食体験に心が満たされます。
「シェ・パニースで学んでいた時、仲間から『あなたの店では、野菜は何を使っているの?』と尋ねられて、自信を持って答えられないことが後ろめたかったんです。そこでは、生産者(農場)から消費者(食卓)へ、新鮮で安全な食材を届ける“farm to table”がスタンダード。帰国して店を始めたら、できる限りそれを実践すると決めていました」
そう話す吉田さんは、開業にあたり「OASI」で実現したい食やコミュニティーのかたちをクラウドファンディングで表明し、多くの支援を集めました。その気持ちに応えるように、朝昼晩と、旅の人にも地元の人にもよりどころとなるような営業スタイルでスタート。食材は吉田さん自ら、京都で有機農法に取り組む生産者が多い大原に出向いて仕入れ、素材そのものを生かした一皿に仕上げます。新型コロナウイルスの影響で通常の営業が難しくなってからは、テイクアウトにも適した新メニューを考案したり、ライブ配信で自身のレシピを伝えたりと、積極的に新しい取り組みにも挑戦してきました。
「野菜を変えると、料理が変わる。料理が変わると、自分自身が変わる。アメリカで料理を学ぶなかでそれを実感したんです」
食べることを通して、自然や季節を五感で感じ、日常を、人生を豊かに過ごすことができる。さまざまな手段でそのことを伝えようとするのは、吉田さん自身が誰よりも「おいしい」の力を知っているからなのでしょう。京都の季節の恵みを摘み、料理人の鮮やかな感性を経て、テーブルへ。扉を開けたその先には、このレストランでしか味わえない食の喜びが待ち受けています。