京都・堀川丸太町にある和菓子店「京都 くりや」の店先に、「名物 栗おはぎ」の文字が掲げられると、道行く人は次々と足を止め、手におはぎの包みを持って秋を持ち帰ります。初栗が出はじめる9月10日ごろから12月10日ごろまでの3カ月間だけ作られるこのおはぎは、店頭に並ぶそばからなくなり、確実に手に入れるには予約が必須という人気ぶり。数ある京都の栗のお菓子の中でも、真っ先に名前を挙げる人の多い逸品です。
栗の名産地である丹波地方で創業し、大正年間に分家してから約100年もの歴史を持つ「京都 くりや」は、その名の通り栗の和菓子専門店。地元の常連客から食通の旅人までがこぞって求める「栗おはぎ」は、もともと丹波地方に伝わる地元菓子。栗の季節になると、子どもたちが「亥(い)の子のぼたもち呼んでんか、ひとつやふたつで足りません」というわらべ歌を歌いながら、集落の家を回って栗のおはぎをいただくという風習があったのだそうです。
そんな由来が物語るように「栗おはぎ」は実に素朴な味わい。蒸したもち米を栗と砂糖だけで作った栗あんで包むという、シンプルな和菓子です。しかし、栗そのもののような豊かな風味と、驚くほどなめらかで上品な舌触りが“くりや流”。厳選した丹波栗を丸ごと蒸し、丁寧に裏ごしして仕上げる栗あんは、香りや風味を残しつつも上生菓子のような口溶けです。
「加工や砂糖の量を最小限にしながら、自然の風味をそのままに生かすことを大切にしています」と語るのは、3代目当主・山名清司(やまな・きよし)さん。栗の最盛期には、鬼皮(おにかわ)をむき、下処理をし、一つひとつ実をほじくり出すという地道な作業に毎日追われます。創業以来の製法やレシピを変えることなく、手作りの味を守り続けてきました。
「和菓子の魅力は、暦に根ざし、暮らしの一部になっているところ。京都人が6月に水無月を食べ、秋が近づくと栗のお菓子を食べるように、当たり前のもんとして生活に溶け込んでいる食の文化です。けどそれを守っていくには、子どもたちやお母さんにもっと和菓子を知ってもらわんと」
丹波の子どもたちが歌いながら家庭を回っておねだりしていたという「栗おはぎ」。この素朴なお菓子の背景には、そんな里山に伝わる風習と、昔ながらの味を守り続ける老舗の努力がありました。「京都 くりや」の栗のお菓子は、洛中に実りの秋を伝える便り。ひと口食べれば、「ひとつやふたつで足りません」と歌われた、その気持ちがきっとわかるはずです。