デミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグに大ぶりのエビフライ、とろけるようなクリームコロッケ……。定番の洋食には、大人も子どもも笑顔にさせる不思議な魅力があります。今回訪ねたのは、下鴨神社(左京区、賀茂御祖神社=かもみおやじんじゃ)のかたわらで営まれる洋食店「浅井食堂」。新緑そよぐ鴨川や糺ノ森(ただすのもり)の行き帰り、おいしい匂いに誘われて、扉を開きたくなる一軒です。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
ピンと立派なしっぽを立てたエビフライに、思わず歓声が上がります。ふっくらと肉厚なハンバーグとエビフライのコンビは、「浅井食堂」不動の人気メニュー。みずみずしいサラダやマッシュポテトと一緒に、プレートの上で肩を寄せ合う洋食の主役たちを見ると、大の大人もつい顔がほころびます。
「この店を開く前、修業先のイタリアンで隠れメニューとして出していた『大人のお子様ランチ』がとても人気で。住宅地の中にあったので、3世代家族で来ていただくお客様も多かった。その様子を見て、老若男女に愛される洋食ってええなと思ったんです」
そう語るのは、シェフの浅井幸雄さん。小学生のころから、将来の夢は料理人でした。イタリアンレストランで15年間修業したのち、独立。地元・下鴨で店をオープンして7年目になります。
自慢のハンバーグは玉ねぎを入れず、つなぎを極力使わず、肉のうまみを存分に感じられるもの。ジューシーな肉汁と絶妙な塩気がかむほどに味わい深く、口の中にあふれます。
「子どものころから『なんで?』と疑問を持ったら、とことんつきとめる性格でした。ある時『ハンバーグってなんで玉ねぎ入れるんやろう?』と不思議に思ったんです。調べてみたら、上質な肉が手に入りにくい時代のくさみ消しや甘みを加える役割だったみたいで。でも今は、質の良い肉を使うことができる。それなら、“肉肉しい”方がおいしいじゃないですか」
ほんの2、3分で賀茂川や下鴨神社、糺ノ森に出かけられるこの場所は、浅井さんの地元。この店は元は喫茶店で、浅井さん自身もよく通っていたと話します。
「独立を考えていた時、ここでコーヒーを飲みながら『ちょうどここくらいの広さと落ち着いた雰囲気がええねんなぁ』と考えていたんです。そんな矢先だったので、店を閉めると聞いた時には驚きましたね。オーナーさんも顔見知りだったので、『ここしかない』とすぐに相談しました」
ワイン色の壁は元の喫茶店から、レトロなステンドグラスの照明は修業先のレストランから受け継いだもの。ここをよく知る浅井さんやご近所の方々にとって、喫茶店時代の面影を感じつつ、現在のにぎわいをほほえましく見守る場所となりました。仕込みを手伝ってくれるスタッフの中には、同級生のお母さんもいると話します。
「飲食業界はハードな労働環境であることが多いんですが、自分の店ではそれを変えたいんです。レシピやポイントをきっちり監修して、例えばコロッケの衣つけが得意な人、ワッフルの生地作りが得意な人、自宅で2、3時間なら作業できる人……と、それぞれの得意分野や隙間時間で仕事を分担する。そうすれば、地域に仕事が生まれて、スタッフの休みも確保できます。それに『○○さんが作ったコロッケおいしい』と、認めてもらえたらうれしいじゃないですか」
そう語る浅井さんの言葉には、作る人と食べる人、そして街の人が、みんな笑顔になれるようにという思いがこもります。地元ならではの交流や励ましに支えられつつも、「地元だからこそ、厳しい目で見てもらえますから」と姿勢を正すことも忘れません。
3世代、老若男女に愛される洋食の味。それだけにとどまらず、「浅井食堂」が向かうのは、店に集う人々が幸せになれる「居場所」としての食堂です。気さくで、ほっとできて、誰にとってもごちそうになる。ひと口食べればきっと、「浅井食堂」が街に愛される理由がわかるはずです。