お正月の残りのお餅や朝食のトーストが、パリッと香ばしく焼けた。そんなささいなことで、幸せな気持ちになりませんか? 今回ご紹介するのは、1933年創業の京金網の専門店「辻和(つじわ)金網」。パンやお餅を直火でこんがり焼き上げる焼き網や、茶こし、コーヒードリッパーなど、暮らしの道具を昔ながらの技法で編み上げる、職人の手仕事の品がそろいます。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
焼き網をコンロの上に直接乗せて、点火。トーストなら片面1、2分、お餅なら4、5分ほど。あっという間に、外はパリッと、中はふんわり・もっちりのトーストや焼き餅が完成します。この手付き焼き網は「辻和金網」で一番の人気者。手軽で場所を取らず、一人暮らしやアウトドアにも便利な頼れる暮らしの道具です。
平安時代に生まれ、明治以降さかんに作られるようになった京金網工芸。辻和金網もその隆盛期に創業し、以来3代に渡って職人の技を受け継いできました。安価なプラスチック製品の普及とともに同業者が次々と店をたたむなか、使い手の声に丁寧に耳を傾け、のれんを守ること八十余年。
元は作業場のみだったこの場所ですが、製作中にお客さんがのぞきに来て、商品を買って帰ることもしばしば。3代目・辻泰宏さんの結婚を機に、現在も現役の職人である先代と2世帯で職住一体の暮らしを整え、一般のお客様でも入れる店舗に改装しました。料理人の多い京都で、京金網は主にプロ向けの調理器具に重宝されてきたもの。しかし、辻和金網はプロ向けだけではなく、一般家庭で使う人の声も採り入れ、ライフスタイルに合った京金網の形を提案してきたのです。
「僕ら、料理家さんや編集者さんが買いに来てくれはっても気づかへんことが多いんですが……。雑誌やテレビで愛用品を紹介してくれたりして、ありがたいですね」と辻さん。実用に徹しながらも、手仕事のぬくもりと京金網の雅(みやび)が宿る意匠がメディアやSNSで話題を集め、着実にファンを増やしてきました。
金網は、四角形の網目の機械編みと、針金をねじって亀甲形に編み上げる手編みがありますが、いずれも必ず人の手が加わります。機械編みの製品も、組み上げる際は一つひとつ手作業で。亀甲編みは、網目を均一に丈夫に編み上げられるようになるまで10年はかかる熟練の技です。一度にたくさんは作れないから、商品によっては1年以上待つものも。それでも、丈夫で機能的で美しく、長く使える職人の道具を「待ってでもわが家に」とオーダーする人があとを絶ちません。
「商品のアイデアは、お客さんの『こんなんあったらええな』というご意見から生まれることが多いです。焼き網も亀甲の手編みが欲しいとか、洗い物の水切りかごが欲しいとか。作るときは、何よりも使い勝手の良さ、丈夫さを考えて作ります。丈夫さのための作業が結果的にデザインになっていたりしますね」
そう話す辻さんの言葉には、あくまでも道具としての本質を見つめ、使う人の暮らしに寄り添う実直さがにじみます。
丈夫で長持ちし、壊れたら修理してもらえる。銅は使うほどに味わいのある色に変化し、ステンレスはサビや汚れに強く手入れが簡単。何度も買い替えるのではなく、長く“付き合う”道具であることで、その使い心地やすぐれた意匠は、人から人へと伝わります。新しい年の始まりに、身近な台所道具から、美しくサステイナブルなものを暮らしに採り入れてはいかがでしょう。