冬の食卓にあるとうれしい、ユズこしょうや七味などの薬味調味料。鍋料理や温かい麺、おもちやおかゆなどにも、季節の香りや心地よい刺激を添えてくれます。今回訪ねたのは、こうした薬味調味料をはじめ、みそ、ジャム、マスタードなどさまざまな保存食を作る「保存食lab(ラボ)」。おばあちゃんの知恵や世界の料理からヒントを得つつも「今」の食卓に寄り添う保存食には、新しさとなつかしさがぎゅっと瓶詰めされていました。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
「鬼ユズは、大きいわりに風味が弱く、そのまま食べてもぼんやりとした味です。でも、加工食品にするとユズの香りをしっかり引き出せる。自家菜園のある京丹後市ではかんきつがよく採れるので、この季節は加工に忙しいんです」
そう語るのは「保存食lab」を主宰する増本奈穂さん。出町柳の住宅街に構えたアトリエでさまざまな保存食を作りながら、週に2日ほど、そこを「直売所」としてオープンしています。季節に合わせて10種類前後が並ぶ保存食はどれも、故郷の京丹後で両親とともに営む畑の作物を使ったもの。親しい生産者から余剰野菜などを引き受けることも多く、どうすれば無駄なくおいしく食べられるか、知恵を絞りながらキッチンに立っていると話します。
かんきつ類はジャムや薬味に、空豆は豆板醤(トウバンジャン)に、ショウガはシロップに、唐辛子やサンショウはラー油や七味に。畑から直送された食材を無添加でていねいに仕込んだ保存食は、料理の味をグッと本格的に仕上げてくれるもの。忙しい日の炊事や小さい子どもを持つ人の食卓にも重宝されています。
「私自身3人の子どもがいて、食卓に辛いものやエスニック風の味付けを出せなくなったことが残念で。でも、できあがった料理に後から香りや辛さを足せる調味料があれば、大人も好きな味を楽しめますよね。だから、うちの保存食は、家庭の味の脇役でありたいんです。それぞれの家庭の食卓の端っこに、ちょっと気持ちが豊かになれる存在として置いてもらえたら」
「直売所」のオープン日は、すべての商品の試食ができるほか、焼き菓子やドリンクをイートインすることもできます。実際に香りや風味を味わって選べ、要冷蔵のフレッシュな商品を購入できることも、イベント出店時や取扱店にはないメリット。価格も少し手頃になります。
「ここに来てもらえることで、実際に味わって選んでもらえるし、おいしい食べ方をお伝えすることもできます。今の時代、きれいな写真やSNSでいくらでも情報を伝えられますが、それだけだと“知った気になってしまう”ことも多いような気がして。体験して『また来たい』『また食べたい』って思ってもらいたいんです」
そう話す増本さんの保存食作りの原点は、20代のころ旅して回った世界各地の食の記憶や、ふるさとの祖母が作っていた昔ながらの保存食。自分自身が目で見て、味わい、その土地の空気を感じた、体験こそが土台になっています。郷土料理のおかずみそになつかしさを覚えたり、異国の調味料の香りに、かの地に思いをはせたり……。暮らしの知恵と土地の風土が詰まった瓶のフタを開ければ、デジタルでは表現しきれない、有機的な感覚が呼び覚まされます。
「地方によってさまざまな保存食があるので、みんなでアイデアを持ち寄って作ったり、食べ方を研究したりする会をいつか開きたいと思っているんです。直売所をオープンするようになって5年目になりますが、ここでしか得られない体験ができる場所になれたら」
料理にひとさじ加えれば、懐かしさや安心感、旅の記憶や憧れを呼び起こす「保存食lab」の品々。それは、世界中で営まれてきた暮らしの知恵の結晶であり、現代の食卓の頼もしい助っ人でもあります。料理する人と食べる人、どちらも笑顔にする幸せな保存食を、ぜひ体験してみてください。