くずきりで知られる祇園の老舗和菓子店「鍵善良房(かぎぜんよしふさ)」が今年1月、小さな美術館をオープンしました。四条通のにぎわいから1本通りをそれた、閑静な石畳の路地の一角。同じく「鍵善」が手がける「ZEN CAFE」をはじめ、レース模様の吹きガラスを扱う「PONTE」や洗練された手土産の店「白」など、当連載で紹介してきたショップが並ぶ界隈(かいわい)は、大人の祇園歩きにぴったりです。
■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。朝日新聞デジタルマガジン&Travelの連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。 (文:大橋知沙/写真:津久井珠美)
「鍵善良房」の本店に置かれている、どっしりとした大飾棚をご存じでしょうか? 流麗な木目や精巧な金具の一つひとつ、時を経ていっそう風格をたたえるその棚は、のちに木工芸の分野で初の人間国宝となる黒田辰秋氏(故人)が鍵善のために制作したもの。黒田氏をはじめ、ゆかりある作り手から託された作品群を、祇園を訪れる人々と分かち合うことができればと「ZENBI」のプロジェクトはスタートしました。
「12代目・今西善造は黒田氏のものづくりにほれ込み、店の内装をすべて任せたいと考えていたようです。若くして亡くなったため、その夢はかないませんでしたが、菓子箱やくずきりの螺鈿(らでん)用器など黒田氏の作品がたくさん残されていました。それら作品群や歴代当主が受け継いできた文化をアーカイブして、みなさんに見ていただける機会を作れたらと考えていたんです」
そう語るのは、15代目当主・今西善也さん。5年ほど前から構想を練り、総合ディレクターのイムラアートギャラリー・井村優三氏、ミュージアムショップ「Z plus(ジープラス)」のディレクターも務めるアンティークショップ「昂(こう)-KYOTO-」の永松仁美氏らとともに、「ZEN CAFE」の向かいの建物で準備を進めてきました。
開館記念展では、本店のショーウィンドーに合わせて作られた「赤漆宝結文飾板」や名物「くずきり」の螺鈿用器などの所蔵品が展示され、鍵善と黒田氏の絆がうかがいしれます。
鉄を錆(さび)加工した格子の外観が古き良き街並みに溶け込みながらも、館内の光を取り込むテラスや吹き抜けの階段、鑑賞の小休憩となるライブラリーは、現代の感覚にフィットする空間。鑑賞券には鍵善の銘菓「菊寿糖」のミニサイズ「小菊」が付き、ささやかなおもてなしに心が和みます。
「老舗や和菓子屋というと、重厚なイメージを持たれる方もいます。だからこそ、今の人たちが『きれいだな』と感じる場所でありたい。今のライフスタイルに合うかたちで、文化や芸術を取り入れるきっかけになればと思います」
ミュージアムショップ「Z plus」では、「手のひらにのるギフト」をテーマに、京都の作り手に特別にあつらえてもらった工芸品が並びます。鍵善を象徴する黒田氏の「宝結文(たからむすびもん)」をあしらったグッズをはじめ、植物染め、金工、木工とさまざまな作家が手がけた品々は、ここでしか買えないものばかり。時々で変わる鍵善の干菓子が季節のうつろいを伝えます。
「美術館とミュージアムショップ、ZEN CAFE、本店、とめぐって、祇園歩きを楽しんでもらえたらうれしいです。こけら落としとなる本展終了後は、祇園の街と関わりのある展示、お菓子の木型などの展示なども考えています」
祇園の街とともに歩んだ300年の歴史、ゆかりある作り手から託された作品は、鍵善の財産。小さな美術館が街に新たな人の流れを生み、文化や芸術と出会い、心を豊かにうるおす養分となるならば、その価値はどこまでも広がります。花街と和菓子に培われた、文化と美の物語をどうぞ感じてみてください。