銀閣寺のほど近く、哲学の道の入り口近くに京都画壇の巨匠 橋本関雪(1883-1945)の邸宅、白沙村荘 橋本関雪記念館があります。国の名勝にも指定されている庭が見事であり、関雪が蒐集した平安や鎌倉期の貴重な石造美術品も置かれています。関雪はここで数々の名画を生み出しました。
現在、敷地内には関雪の日本画作品を鑑賞することができる美術館もあり、庭と併せて関雪の世界を楽しむことができます。また、美術館の2階からの俯瞰の庭と山々の景色も素晴らしいものです。正面には送り火で知られる大文字が見え、十五夜には見事な満月を望むことができます。
文人としても優れた関雪は、この庭を理想郷として自ら設計を手掛け、半生をかけて完成させました。1万平方メートルの敷地、どの場所に立ってみても関雪の絵の中に入りこんで立体的に鑑賞しているような気持ちになります。全体の力強い構図。細部の筆は優雅。春の桜、秋の紅葉、雪の石庭、四季それぞれに特色があります。そして、夏は、茶室と隣り合う蓮池が素晴らしい。この茶室、関雪が妻のヨネ(-1932)のために建立したものだそう。 このエッセイ「京の花便り」の第1回にある5月の菖蒲のポートレートも、実は白沙村荘で撮影させていただいたもの。
静かで穏やかな茶室の佇まいと鮮やかな蓮の色調は、一見対照的なようですが、一歩引いて夏の空と共に見るとなんとも和やかに調和していて、単独で見るよりさらに美しい。そこに吹き抜けるひとすじの風。
私は、この茶室に聖母のようなヨネさんの姿を、気高く鮮やかな蓮の佇まいには画家関雪の姿を、どうしても重ねずにはいられません。
数年前の夏のこと、この蓮池に深く感じ入り眺めていると、茶室から手招きする女性に気付いて我に返りました。その方は橋本関雪記念館を営まれる橋本家の若奥さまで、こういう時、普通なら恐縮して遠慮するものなのかもしれませんが、なんと私は吸い込まれるようにして、そのまま茶室に上がらせていただいたのです。
すると、魔法のように激しくにわか雨が降りだし、雨が上がるまでと奥様はお茶をたててくださいました。午前中お茶会があったのよ、と、夏のお菓子まで。それも、蓮の葉に乗せて。雨の蓮池を眺めながらいただく一服。
あまりに美しい時間に今でも夢だったのではないかと思います。 雨の音を聴きながら、ヨネさんの茶室に温かく包まれるような時間の中にあったのは、やわらかな優しさばかり。ここ京都で、心に刻まれた忘れられない思い出のひとつです。