ここからしか見えない京都
  

第28回「翠の海に抱かれる『観蓮茶会』 / 白沙村荘 倚翠亭」

今年は特に暑いようです。京都のうだるような蒸し暑さを話題にすることが、夏のご挨拶の定型文のようになっていますが、夏ならではの楽しみもこの地にはたくさんあります。
私にとって、花なら、蓮。
蓮にまつわる夏の思い出はたくさんあってここには書き尽くせないくらいです。

何年前になるでしょうか。あの夏の夢のような出来事もその一つです。その日、私はある美しい蓮池に心を奪われていました。このエッセイ・花便りでも何度か紹介した日本画家・橋本関雪の石庭、白沙村荘の蓮池です。ふと見ると、蓮池の向こうにある美しい茶室・倚翠亭(いすいてい)から、白沙村荘の奥様が手招きをしてくださっているのです。引き寄せられるように、お茶室に足を踏み入れた瞬間、バケツをひっくり返したかのような雨が、突然、降り始めました。しかし奥様は驚く様子もなく「お茶を飲みませんか」と、その蓮池で摘んだという蓮の葉にお菓子を乗せてくださいました。
雨音の中、蓮池の香りと混じるからなのか、清らかにさえ感じる雨の匂いに包まれていただく一服のお茶の味は忘れられません。騒々しく思えた雨の音も小さくなっていくように感じます。

しみじみとしながら、奥様といろいろお話をしているうちに、雨も上がり、まっさらに洗われたかのような空に再び顔を出した太陽がキラキラと蓮池を照らしていたのでした。
今年も蓮を訪ねたいと思っていたころ、心躍るご案内が届きました。倚翠亭にて、一日だけの蓮見のお茶会「観蓮茶会」が催されるとのこと。もちろん私も伺ってまいりました。

お軸は橋本関雪の筆「蓮華渡海観音像」。立花は、憧れの珠寶(しゅほう)さんによるカラフトエンビセンノウとマツモトセンノウと縞糸ススキ。お茶室に入ってから亭主を待つ時間というのは、独特の間合いがあり、少し緊張するものです。静謐な空気の中、ご挨拶とともにお点前が始まります。釜も十分に温まり、やがて蓮の葉の形をしたお皿に瑞々しい蓮の蕾を模したお菓子が運ばれると、わあっと私も思わず声を出してしまいました。緊張も解けて、蕾から花が開いた時のように一気に華やかな空気になりました。京都の塩芳軒さんの特製とのことで、銘は、「水芙蓉」。お床の花を眺め、お庭の花を眺め、器やお道具の景色を眺めて、素晴らしい設えを楽しみながら、亭主と語らいお茶を味わう時間。蓮池からの風を感じながら、皆さん自然とニコニコ顔になり、とても和やかなお茶会でした。

写真は倚翠亭から見る蓮池の景色です。倚翠亭という舟に揺られながら、蓮の海に身を委ねているような気持ちになります。この日は、まだほとんどの蓮が蕾でしたが、そういえば、蓮池で蓮を見るときは、いつも開花した花を中心に見ていたなということに気が付きました。この日、蓮の蕾を静かな心でゆっくりと鑑賞したひとときは、私にとって、蓮の蕾の清浄無垢な魅力を再発見できた時間でもありました。夏の蓮の花見は、まだあともう少し、場所によっては7月末から8月上旬くらいまで楽しめそうです。

この記事を書いた人
定家亜由子
 
京都在住の日本画家。伝統画材にて花を描く。
高野山大本山寶壽院 襖絵奉納
白沙村荘 橋本関雪記念館 定家亜由子展等、個展多数。
画文集『美しいものを、美しく 定家亜由子の日本画の世界』(淡交社) 刊行。  
 

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