京都祇園で、日本初の板前割烹を開店したとして知られる「京ぎをん浜作」。創業八十有年の歴史を有する老舗として本物の味を作り続けています。
板前割烹とは“目の前で調理人の料理をする様を楽しみながらカウンターで食事をいただく”スタイルのこと。目でも舌でも楽しむことができ、お客様の好みを汲み取って料理を作るスタイルは瞬く間に人気を博し、「浜作」は昭和、平成を通じて食通の京都の旦那衆、そして多岐にわたる分野の文化人に愛されてきました。
大正から昭和にかけ活躍した京都出身の芸術家で、美食の概念を打ち立てた北大路魯山人も、「浜作」の味を堪能した著名人の一人です。今回、魯山人の特注で生み出された、砂糖を使わないすき焼きを意外なエピソードとともにご紹介します。
材料
牛肉(赤身しゃぶしゃぶ用) …… 500g
玉ねぎ …… 2個
出汁 …… 1カップ
つけダレ[大根おろし、土佐酢、二杯酢]
酒、薄口醬油
作り方
①玉ねぎは繊維に沿って薄切りにし、鉄鍋に入れる。中火~強火で焦がさないように2分程炒めたら、酒1カップを加え、強火でアルコール分を飛ばして2分煮る。
②1の鉄鍋に、出汁を加え強火で1分煮たら、薄口醬油大さじ1と1/2を入れる。醬油を馴染ませたら味を見て、薄口醬油を少々足して味を調える。玉ねぎから甘味が充分出ますので、砂糖は入れません。
③ 牛肉を一枚ずつ取り、2の玉ねぎの上に軽く半分に折るようにして入れ、肉の表面に火を通す。好みでつけダレを添えていただく。肉を折って入れることで、折りたたんだ肉の中はジューシーでミディアムレアに仕上がります。
[つけダレ]
器によく水気を絞った大根おろし200g、土佐酢と二杯酢を1対2で合わせたものをたっぷり入れる。
白いご飯を銀シャリと言って、それがあれば飛び切りのご馳走であった時代に、現代まで続く美食=グルマンというジャンルを打ち立て、その道を生涯貫いた魯山人先生は、度々浜作のカウンターの「かぶりつき(まな板の正面)」に陣取り、包丁を握る祖父と一皿一皿、丁丁発止の真剣勝負を繰り広げられたとのことであります。 揮き毫ごうを頼まれれば「天上天下唯我独尊」と認められた如く、先生は世に名高き偏屈でワンマン芸術家であったと聞き及びます。
これまた腕に絶対の自信を持ち、自他共に名人を気負っております祖父とはお互い瞬間湯沸かし器同士、何度も喧嘩になり絶縁状態が起こりました。それでも忘れたようにまたご来店になったのですから、書かれた文章に「浜作主人包丁一等」とあるように、内心ではその存在を認め合っていたのかと推量いたします。
先生は、甘味を極端に嫌い、絶対に砂糖をお使いになりませんでした。何処かの御屋敷での園遊会のような宴で、手前どもは鯛のお造りと、特別なご注文で牛肉のすき焼きをご用意いたしました。関西風のように、先にお砂糖を入れず、最後まで出汁のお味と薄口醤油のみの味付けで、たっぷりの玉ねぎを加え、大根おろしと二杯酢で召し上がったそうであります。砂糖を入れて焼くと、牛肉は少し柔らかくなりますが、その代わり、甘味が最後まで残ります。玉ねぎは、帝国ホテルの「シャリアピン・ステーキ」で有名なように肉を柔らかくする作用があるそうであります。このときより、お砂糖を使わない甘くないすき焼きを、当店では「魯山人すき焼き」と呼び、皆様にご好評を博しております。
*この記事の内容は、京都の名割烹「浜作」三代目が主宰、3万人が通った料理教室のレシピ本『京ぎをん浜作料理教室 四季の御献立』(著者:森川裕之)に掲載されています。