くっきりと際立つ四季と、三方を囲む山の身近さが織りなす「自然の美」、五感が喜ぶ表現ともてなしの真心に育まれた「食の美」、茶の湯や禅の思想とともに研鑽(けんさん)されてきた「芸術の美」、そして人々の暮らしに寄り添う「用の美」。いくつもの美意識がレイヤーのように重なり、京都という街や文化は作り上げられています。この四つの美に加えて、私が京都でひしひしと感じるのは「時の美」。1200年の都だからこそ培われてきた、時間の紡ぎ出す美です。
河原町六条にのれんを掲げる手作り茶筒の店「開化堂」では、1875(明治8)年の創業以来変わらぬ手法で、銅やブリキ製の茶筒を作り続けています。究極にそぎ落とされたミニマルな造形に潜むのは、365日使って心地よい機能性と、100年先まで見越したものづくりの精神。一分の隙間もなくぴたりと閉じられたフタは、茶葉やコーヒー、乾物を保存するのに適した高い気密性を誇ります。
フタを閉じるときは、本体にそっと重ねるだけで、フタ自らの重みでスーッと落ちてゆく。見ほれるほどのその動きには、お茶をいれる人の所作さえもより美しく変えてしまう「道具の力」があります。
さらに、10年、20年と使い続けていくうち、茶筒の色合いは深みを増していきます。手作りの工程も技術も道具も変えることなく受け継いでいるのは、100年後でも修理ができるようにという思いから。
「おじいちゃんのころは大変で、大量生産が世界中から入ってきたんです。(そんな中でも)ちょっとずつ手作りっていうものを守っていった。それがなかったら、開化堂は機械生産にいってたんちゃうかなぁって思います」と、6代目・八木隆裕さんは語ります。
機械が変わり、部品が変わり、その都度製法が変わっては、修理して使い続けることはできなくなってしまいます。その家で「育って」きた茶筒が、100年後も世代を超えて愛されるものであるように。1日1日の日常の積み重ねと、自分たちがいなくなったあとの未来の両方を同時に見つめている。この感覚は、京都の美に共通するもののように思えます。
2020年春、リニューアルオープンした「京都市京セラ美術館」も、時を超えて美を継承するものの一つです。1933(昭和8)年に開館したこの美術館は、公立美術館として現存する日本で最も古い建築。建築家の青木淳氏、西澤徹夫氏により、既存の建物に現代のレイヤーを重ねたハイブリッドな建築へと生まれ変わりました。
1級建築士で「京都市京セラ美術館」の学芸員でもある、前田尚武さんはこう話します。
「この建築ってミルフィーユなんですよ。一番上が、日本の建築(瓦屋根)で、真ん中が洋風建築、そして一番下(地下)が現代建築。今歩いてこられた(地下エントランスからの)階段、ここ、穴あけたんです。(それによって、エントランスから、東山を借景とした日本庭園へ抜けることができる)この軸線が、リニューアルの最大の魅力なんです」
既存の建物の意匠を生かし、刻まれた歴史や物語を受け継ぎながら、現代のエッセンスを加えて未来へ残していく。過去・現在・未来という時間軸は、古いものを古いまま継承するだけでも、全く新しく作り替えてしまっても表現できません。華道未生流笹岡(みしょうりゅうささおか)の3代家元でありながら、建築にも深い造詣(ぞうけい)を持つ、笹岡隆甫(りゅうほ)さんも同調します。
「西から東へ抜ける一本の軸ができて、我々が楽しみやすいというか、より気さくな空間へと生まれ変わったんじゃないかなと思います」
長い時間を積層しながらも、その時代の人々に愛され、親しまれることでしか、立ち現れない美のかたち。京都の街とともに呼吸し、地域のランドマークとして人々が行き交う、「生きた」建築の姿がそこにあります。
※〈後編〉へつづく
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