※〈前編〉からつづく
京都の文化を守る人々は100年先の未来を意識していますが、その時その瞬間にしか体験できない「刹那(せつな)の美」もまた、欠かせない京都の美意識です。その最たるものが、食ではないでしょうか。さまざまな食材が通年で手に入りやすくなった現代においても、「旬のものを旬の時期に味わう」ことを、京都の人はことさらに大切にしています。
マツタケ、ギンナン、キクの花……。季節の色と香りをちりばめた「瓢亭(ひょうてい)」の料理も、刹那の食の美そのもの。450年の歴史の中で培われた「瓢亭たまご」や「明石鯛(たい)のお造り」といった定番料理がある一方で、その季節にしか味わえない旬の食材を用意することは、客人への最上級のもてなしです。食べてしまえば、膳の上の季節の景色は一瞬で消えてしまう。その儚く美しいひと時のために、料理人は心を尽くすのです。
京都の四季が織りなす風景もまた、今しか見ることができない刹那の時を味わう美です。桜も紅葉も、いつか散りゆくとわかっているからこそ、私たちはその情景に胸を打たれます。自然からのギフトを、ほんのひと時、暮らしに分けていただきたいと願って、花を生け、旬を食し、季節の色に染まる社寺に足を運びます。
100年も、一瞬も。同じくらいに京都の人は尊び、その時間軸こそが京都を京都たらしめているように、私は思います。今しか味わえない自然の恵みがあり、うつろいゆくからこそ心を揺さぶる景色がある。文化の継承や街づくりに100年先の未来を見据えるのは、時は流れ、時代は変わりゆくものと知っているからです。
「着物のマーケットがこの30年で10分の1になって、なくなることはないにしても、この先50年、100年続けていくためには、新しい挑戦をする必要があると思ったんです」
そう話すのは、西陣織の老舗「細尾」12代目である、細尾真孝さん。西陣織の技術や素材をテキスタイルやインテリアに応用し、海外を中心としたラグジュアリーマーケットから熱い支持を集めました。
「西陣織の歴史は1200年。その間、ひたすら美を追い求めてきた。今、美しいものってなかなか機能としてとらえられないところもありますが、美は最大の機能だと思います。美しいものを求めて1200年間、それだけ、美しいものは人を豊かにしますし、場合によっては人のふるまいも変わるかもしれない。そう信じています」
美しいものは、一瞬で消えてしまうはかなさを秘めています。そのはかなさを嘆くのではなく、賛美し、敬い、暮らしに取り入れることは日常を照らす光です。一方、美しいものの美しさを信じ、自分たち亡き後の世代まで見据えて手を動かし続けることでこそ、築かれる美もあります。それは、人の営みと街の歴史、時間の層が作り上げた、京都という街の奇跡。1200年の時が育んだ街の中に、きらめく一瞬の光も、人々の歩みも文化の軌跡も詰まっている。京都が私たちの心をとらえてやまないのは、そんな理由なのかもしれません。
【配信情報】
京都画報 京の美意識
BS11オンデマンドで無料見逃し配信中
(2021年10月27日 よる9時まで)