この冬、何度も雪が舞った京都。底冷えの寒さが続く中でも、立春を過ぎると、日の長さや花のつぼみに少しずつ春の気配が感じられるようになります。古来の暦を大切にする京都において、立春は一年のはじまりとされる大切な節気。節分祭でにぎわう吉田山の東、「京都映画誕生の碑」が建つ真如堂にもほど近い住宅街に、料理旅館「吉田山荘」はあります。
この季節になると、「吉田山荘」の恵方巻きを求めて訪れる人も多い料理自慢の宿。四季折々の味覚を繊細に表現した京会席を、庭園を眺めながらいただくことができます。鏡餅を模したうつわにあしらわれたお札には「立春大吉」。人々と世の幸せを願うこの言葉とともに、名物・千古(ちこ)餅をあんかけにした「カニ蕪(かぶら)みぞれあん」「甘鯛(あまだい)のとっくり蒸し」など体を芯から温める料理が続きつつ、随所に春の兆しを告げる食材がちりばめられます。
そして、「吉田山荘」で味わえるのは料理ばかりではありません。訪れた旅人に一つひとつ手渡すのは、その季節ごとに万葉集や古今和歌集から大女将(おかみ)・中村京古(きょうこ)さんが選んだ和歌。
「その席に合うもの、季節のものを選ばせていただいて、おもてなしの一つとしてもらっていただいております」(京古さん)
常盤貴子さんに贈られたのは、菅原道真が5歳の時に詠んだ歌「美しや 紅の色なる 梅の花 阿呼(あこ〈道真の幼名〉)が顔にもつけたくぞある」。春の訪れに心躍るピュアな気持ちに、思わず笑みがこぼれる一首です。
「吉田山荘」の建物は、昭和天皇の義弟・東伏見宮の別邸として1932(昭和7)年に建てられました。総桧(ひのき)造りの重厚な建物に、皇室ゆかりの裏菊紋があしらわれた瓦屋根、直弧文鏡(ちょっこもんきょう)という古墳時代の銅鏡の背面をモチーフにしたステンドグラス、奈良・法隆寺金堂の欄干と同じ「卍(まんじ)崩し」という文様を用いたテラスなど、自ら設計に携わったという東伏見宮の感性が随所に感じられます。
東伏見宮のガレージとして使われていた建物を再生し、2007年、カフェとして生まれ変わったのが「カフェ真古館」。「吉田山荘」の敷地内にあり、宿泊客以外も立ち寄ることができます。ここでも、その季節に合わせた和歌のプレゼントが。比叡山や如意ヶ嶽(にょいがたけ)の映る窓辺に、宮家が、数々の文人墨客が、千年前の都人が眺めた景色に心を重ねます。
「手前どもの理念が(「真実一路」と)他にもございまして、『美しいものへの憧れと共有』を掲げております。京都は千年以上前から、書の世界、伝統芸能、うつわやお料理、お庭、そして着物、あらゆる芸術文化の宝庫でございますので、お客様に喜んでいただけるようにお務めさせていただけたら」(京古さん)
和歌に込められた、季節を感じる喜びや大切な人を思う気持ち。それらは千年の時を経てもなお、私たちの心に響きます。海外からの宿泊客には、京古さんの娘で現在女将を務める知古(ともこ)さんが英訳を添えます。一筆一筆真心を込めて、選んだ句を書にしたためます。
いつの時代も変わることのない人の思い。それは美しいものを美しいと感じる心だけではありません。美しいものを大切な人に見せたい、伝えたい、わかちあいたいと願う、共有の精神。それこそが歌となり、料理となり、もてなしとなって、今も私たちに共感と共有の喜びを伝えてくれているのでしょう。
■京都画報 第5回「至高の京宿 気品と美の系譜」
BS11オンデマンドにて、2月13日(日)正午~ 2週間限定で見逃し配信中。
番組公式ホームページはこちら。
【次回放送情報】
■京都画報 第6回「御所文化の薫り」
3月9日(水)よる8時~
京都の地で大きく花開いた雅な文化に触れてみませんか?約1000年の長きにわたって日本の都だった京都。794年の桓武天皇による平安京遷都によって、京都御所を舞台に天皇や貴族による宮中文化が花開き、かな文字をはじめとする日本ならではの文化・芸術が誕生しました。御所の儀式や暮らしの中で使われた調度品や生活道具は、天皇や貴族たちの洗練された感性と京都の町衆の匠の技によって磨かれ、京都の文化を育む礎になりました。3月の京都画報では、今も京都のまちに受け継がれている、華麗なる御所文化の世界へ、俳優の常盤貴子さんがご案内します。