ここからしか見えない京都
  
三門の向こうに広がる薄暮の京都市街。右奥には京都タワーも見える

阿弥陀様の「ご縁」に導かれ、秋の金戒光明寺へ

京都人の間では「くろ谷さん」という呼び名で親しまれている金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)。近年では、通称“アフロ大仏”こと五劫思惟(ごこうしゆい)阿弥陀仏が話題となった浄土宗最初の寺院です。くろ谷という地名のルーツは、宗祖、法然上人の修行の地である比叡山。法然上人は15歳の時に山に登って俗世との関わりを絶ち、比叡山の北谷にある黒谷の地で仏道修行に励みました。現在の地名は黒谷町ですが、過去には比叡山の黒谷に対し、「新黒谷」と呼ばれていたそうです。

三重塔へと続く石段脇。アフロのような螺髪(らほつ)がトレードマークの五劫思惟阿弥陀仏

浄土宗、はじまりの地。新撰組も通った幕末の要所

法然上人が立教開宗し、比叡山を下りたのは1175(承安5)年と伝わります。齢43。「南無阿弥陀仏」を唱えると、身分に関わらず、誰しもが浄土に往(ゆ)くことができる浄土宗の教えを民衆に広めるためでした。下山後、立ち寄った山の山頂の石の上で念仏を唱えたところ、来迎(らいごう)の際に阿弥陀如来が乗る紫雲が山を満たし、光明があたりを照らしたことから、この地に念仏道場が開かれました。天気のいい日には京都市内のみならず、大阪まで見渡せる山門。その楼上正面には、浄土宗のはじまりの地であることを示す、後小松(ごこまつ)天皇による「浄土真宗最初門」の勅額(ちょがく)が掲げられています。

時代は下り、尊王攘夷(そんのうじょうい)運動の嵐が吹き荒れていた幕末の京都。悪化の一途を辿(たど)る都の治安維持のため、徳川幕府は京都守護職という職制を新たにつくります。守護職に任命された会津藩主の松平容保(かたもり)が、およそ千人の家臣を従えて入洛(じゅらく)。その本陣が置かれたのがここ、くろ谷でした。現在も、寺の北東には鳥羽伏見の戦い等で散った会津藩の戦死者らを祀(まつ)る墓地が広がっています。

松平容保が謁見に使用した大方丈向かいの南庭。中央には唐破風の勅使門が

岡の上に立つ金戒光明寺はいわば自然の要塞(ようさい)になっており、敵の動きを探る物見にも最適な地。寺に本陣というと意外に思われるかもしれませんが、この地でなければならない理由があったのです。ちなみに、京都守護職の預かりとなったのが、将軍の上洛(じょうらく)警備のために江戸からやってきた浪士組、後の「新撰組」。くろ谷を舞台にした会津藩と新撰組の連携と活躍により、京都の治安は著しく回復したのでした。

水鏡に映る、池泉回遊式庭園

桜でも有名な金戒光明寺ですが、秋の紅葉の美しさはまた格別といわれます。秋の特別拝観では、通常は非公開の山門(公開は日中のみ)をはじめ、運慶作と伝わる文殊菩薩(もんじゅぼさつ)と重要文化財の吉備観音が安置される御影堂、京都守護職ゆかりの大方丈、寺の北東にある「紫雲の庭」を公開。御用達の庭職人が案内する先着30名限定のプレミアム拝観プラン(要予約)では、通常の開始時間よりも30分早く入場できるため、ゆったりと拝観が楽しめます。

庭正面。大小の石組みによって法然上人の生涯が表現されている

最大の見どころは、大方丈奥の「紫雲の庭」です。浄土宗の発展を祈念し、2011(平成23)年に法然上人800年大遠忌記念事業として、京都を代表する数々の名庭を手がけてきた植彌(うえや)加藤造園株式会社によって作庭されました。趣の異なる3つの庭から成る「紫雲の庭」。まず最初に目にするのが、美作の国(現在の岡山県)で生まれ、浄土宗を開宗した法然の生涯をテーマにした枯山水の庭正面。続いて、露地庭の茶室まわり、そしてクライマックスの北庭へと続きます。

水鏡になった鎧之池に映り込んだ紅葉が闇に浮かび上がる

北庭は、源平の戦いの故事に由来する鎧之池(よろいのいけ)を中心とした池泉回遊式庭園。通常時は法然の滝と呼ばれる石組みの滝が流れていますが、特別公開の期間は水を止め、鎧之池を水鏡に。鏡面となった水面に映り込む庭の景色はまるで、阿弥陀如来が待つ極楽浄土のよう。池のそばで、ひとり佇(たたず)んでしまうような美しさです。

御用庭師による仕掛けにも注目

ではここで、少し視点を下に向けてみましょう。池の周囲にある石畳の小径(しょうけい)、縁の道には、とある仕掛けが。それは、石で表現した小さな亀のモチーフ。池に浮かぶ亀島と合わせて、西国三十三霊場にちなんだ33匹の亀が各所に散りばめられています。「見つけた!」。拝観者らのうれしそうな声があちらこちらから。庭師らの遊び心に、大の大人も童心に返るのでした。

縁の道で見つけた“亀”。ほかに、天井の雲をモチーフした石も

庭の最深部には伽藍(がらん)石を利用した視点場、出会いの石が。視点場とは、その庭が最も美しく見える立ち位置のこと。池に迫り出す流し枝が奥にある大方丈を隠す自然の御簾(みす)の役割を果たし、観(み)る者の想像をかき立てます。眺める位置によってどんどん表情を変える北庭は、法然の人生のようにドラマチック。庭を歩きながら、自分好みの視点場を探してみるのも一興です。

常緑樹と紅葉、立体的な植栽が庭に表情を生む

くろ谷全体が夜の帳(とばり)に包まれた頃、大方丈から音楽の調べが聴こえてきました。特別拝観の期間中は、篠笛(しのぶえ)などの邦楽の生演奏を実地。ピンと張り詰めた冷たい空気を振動させる澄んだ音色が、枯山水の庭に静かに染み入ります。

一晩につき3回の無料公演。琴やフルートなど、演目は日替わり

法然上人の教えに「ご縁」というものがあります。人やもの、様々なご縁の連なりによって、今の自分がいる。さすれば、寺で過ごすひとときもまた、人生におけるひとつの「ご縁」なのです。伽藍と庭をめぐりながら、浄土宗、すなわち法然の生涯とその教えを体感できる、秋の金戒光明寺。阿弥陀様の「ご縁」に導かれ、紅葉に染まる山門をくぐってみては。

※金戒光明寺の特別夜間拝観についての詳細はこちら

【放送情報】
京都紅葉生中継2021~古都を照らす希望の「光」~
2021年11月23日(火・祝)よる7時3分~8時53分
BS11(イレブン)・KBS京都にて放送

【出演者】
ゲスト:高島礼子(俳優)、押尾コータロー(ギタリスト)
進行:海平和(KBS京都アナウンサー)
レポーター:相埜裕樹 (KBS京都アナウンサー) 、佐藤由菜(KBS京都アナウンサー)
解説:井上章一(国際日本文化研究センター所長)
※2021年の紅葉中継は放送終了しました

この記事を書いた人
吉田志帆 ライター
 
左京区に住まう、京都歴20余年の“よそさん”。在学中より、関西のリージョナル誌を中心に活動。街場の小話から寺社仏閣まで、京都のあれこれを綴る。  
この記事の写真を撮影した人
津久井珠美 写真家
 
大学卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。 2000~2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告など、多岐にわたり撮影に携わる。  

朝日新聞デジタルマガジン&Travelに掲載
(掲載日:2021年11月26日)

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