午後8時。小雨の降るなか、如意ヶ嶽に六つの炎が浮かび上がりました。お盆の間降り続いた雨の影響で、鴨川は濁流。川沿いの遊歩道は立ち入り禁止になっています。それでも、交差点にはいくつもの人影が。みなマスク姿で、静かに、暗黙の了解のように人との距離を取りながら、点々と灯(とも)る火影(ほかげ)に「大」の字を思い重ねています。
昨年に続き、規模を縮小しての実施となった「五山送り火」。最初に点火する大文字は6灯、続く妙・法、船形、左大文字、鳥居形は1〜2灯で先祖の霊を送ることとなりました。各保存会でギリギリまで話し合いを重ね、昨年同様の点灯数と決まったのは7月末。「新型コロナウイルスによって五山の足並みがそろわないのは悔しい。五山がそろうことで勇気を持っていただける方もいるかもしれない」「ご先祖を送る火を絶やすことはできない」と、保存会会員らは思いを口にします。
点灯前、コロナ禍で亡くなった人々や豪雨被害の犠牲者へ黙祷が捧げられます。送り火は、先祖を送り、亡くなった人の冥福を祈り、亡き人の面影や思い出に心を寄せる行事。点火の現場には、厳粛な雰囲気が漂います。
親類に不幸があり、点火に志願させてもらったという保存会員はこう話します。「コロナで大変な時なので(実施に)賛否があってしかるべきだと思うんですけど、父も叔父も送ってもらうことを望んでいると思うので、自分の手でできればと思っています」
大文字点灯の5分後、「妙」「法」にも火が灯ります(松ヶ崎妙法送り火)。二つの文字を同時に点火するのが伝承された方法。1灯ずつに減ってもそのしきたりは変わりません。火床では、昨年から、松割り木のほか先祖供養や心願成就を記した護摩木(ごまぎ)も焚(た)かれています。保存会関係者のみではありますが、多くの人の願いを代弁し、息災や疫病退散を願う文言がつづられました。
続いて「船形萬燈籠(まんとうろう)送り火」は、帆柱先端の1灯に火が灯ります。この船は、精霊船として先祖の霊を運ぶ存在とする解釈もあります。1灯となった分、より大きく力強く燃えるよう火床を組み上げました。
「一つでも、送り火。数が多いから送り火として優れているという意味合いのものではない。一つの火にそれぞれのご先祖さんへの思いを込めていただくことによって十分な供養ができると思います」。船形萬燈籠保存会の川内哲淳会長(西方寺住職)はそう語ります。
松明(たいまつ)行列という、他にはない風習を持つ「左大文字送り火」。16日の一週間前の日曜から、高灯籠という電柱ほどの高さにもなる灯籠が町に立てられます。「ご先祖さんをお迎えするための道しるべ。『あなたのお里はこちらですよ』という灯台みたいなもんです」と、左大文字保存会・岡本芳雄会長。
菩提(ぼだい)寺である法音寺に灯された親火から、大松明1基に火を移し、手松明を持った保存会員らが行列を組んで山上へ向かいます。コロナ禍をかんがみ行列は中止されていますが、心を込めて先祖を送るこの風習に、地元の人々は「来年こそ」と思いを託します。
そして、最後に灯る「鳥居形」(鳥居形松明送り火)は、先祖の霊が帰っていく極楽浄土への入り口とする説があります。108基ある火床のうち、鳥居の中心の2基に炎が灯されます。鳥居形は「じん」と呼ばれるとりわけ松やにの多い赤松を使い、温かみのある赤い炎を燃やす伝統を受け継いできた送り火。さらに、親火から火床へと走って松明を突き立てることから、「火が走る送り火」とも評されます。今年点火されるのは2灯のみですが、確かに火は走り、炎は赤く、力強く燃えていました。
「(亡くなった人は)忘れられることが悲しい。仏教ではそう考えます。送り火をご覧になった時に、お亡くなりになった方のことを思い出していただきたい。そのための送り火だと思っています」(西方寺住職/船形萬燈籠保存会・川内哲淳会長)
山上で炎を灯す人、マスク姿で送り火を眺める人、自宅のテレビで送り火を見守る人……。それぞれのまぶたに、在りし日の大切な人の面影がよみがえります。SNSのタイムラインには次々と五山の炎が流れ、誰もが今、山々を眺めているのだと感じます。
1灯でもと火を灯す人、遠くから、画面越しで、送り火を見つめる人、誰しも思いは変わりません。来年こそ、全ての火を灯して亡くなった大切な人を送ることができますように。昨年・今年と絶やすことなく灯した火が、その祈りをつないでいくことでしょう。